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研究内容

1.蛍光1分子顕微鏡の開発
2.T細胞活性化初期過程の可視化
3.核膜輸送の1分子イメージング解析
4.免疫細胞活性化のシグナル伝達
5.細胞核内の1分子イメージング解析 遺伝情報発現
6.免疫細胞まるごと計算機シミュレーション
7.1分子技術を使った研究
8.1分子力学計測による生体分子の確率的挙動

1.蛍光1分子顕微鏡の開発

 生命科学では、生体分子が「生きた細胞の中で実際にどのように働いているのか」を明らかにすることが大きな課題の一つです。光学顕微鏡による1分子蛍光イメージングは、生体分子1個1個を鮮明に可視化し、新しいダイナミックな姿と定量情報をもたらしています。

 細胞で1分子イメージングを最初に可能にしたのは,対物レンズ型全反射照明法です。当初はin vitro研究用に開発したものですが、今では市販され普及し、in vivoなど多用途で使われています。

 生体分子のはたらきを明らかにするためには,やはり細胞内部で鮮明に1分子を観察する必要がありました。そこで私たちは,顕微鏡下において細胞の厚みよりも薄い光で照明する薄層斜光照明法(highly inclined and laminated optical sheet microscopy, HILO microscopy)を開発しました(図1)。

 細胞等の試料を、薄い層状に近づけた光で照明します。見たい場所のみを明るく照明し、余分な場所は照らさないので、従来の落射照明法に比べ、画像/背景光比で約8倍という高画質を実現しました。

 HILO照明法によって,生きた細胞のなかの生体分子1個をリアルタイムで鮮明に見ることができます。さらに,細胞のなかで生体分子がどのように局在分布しているかの3次元像も,鮮明に描き出すことができます。従来法では走査している間に蛍光色素が退色してしまって得ることができなかった立体像です。

 多色同時1分子顕微鏡を用いれば、分子数・相互作用の時間や強さなど、細胞内分子動態と相互作用に関し、3次元空間・時間・多種分子の5次元定量情報を得ることができます。数値モデルやシミュレーション研究との融合により、新しい生命情報学が発展しようとしています。

 多色1分子ライブイメージングや超解像といった新しい技術をさらに開拓し、夢の顕微鏡を創造してゆきたいと考えています。

図1

図1.対物レンズ型全反射照明、薄層斜光照明方法と従来法との比較
従来の標準法である落射照明法は、対物レンズの中心部に光を入射します。対物レンズを通った光は、試料を光軸に平行な光で照明します。全反射照明法は、対物レンズの端に光を入射します。対物レンズ通過後、照明光はカバーガラスに平行に近くなるため、カバーガラス/試料境界面で全反射を起こす。細胞膜近傍の観察に適しています。薄層斜光照明法は、対物レンズの端付近、全反射照明よりもわずか中心よりに光を入射することにより行います。カバーガラスを通過した光は、薄層状に細胞内部のみを照明するため、細胞質、核内のクリアな画像が得られます。1分子顕微鏡では、これらの照明法を使い分けることにより、生きた細胞でのタンパク質1分子の動きを鮮明に観察できます。

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2.T細胞活性化初期過程の可視化

 細菌やウィスルに感染すると、免疫系が活性化し、抗体産生や、キラー細胞による感染細胞除去などの生体防御システムがスタートします。最初のステップである、細菌などの侵入を引き金とするT細胞の活性化はどのように進むのでしょうか。

 細菌などの異物(抗原)が侵入すると、体内を巡回している樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞が捕捉、消化します。抗原提示細胞の表面の主要組織適合抗原遺伝子複合体(Major Histocompatiblility Complex: MHC)分子により抗原として提示された異物由来のペプチドを、T細胞表面の特異的T細胞受容体(TCR)が認識します。その結果、T細胞の活性化が引き起こされます。

 T細胞が活性化されると、T細胞受容体が細胞接触面の中央に集積し、その周りを接着分子がドーナツ状に取り囲む特徴的な構造が形成されます。これは、免疫シナプスと呼ばれ、T細胞活性化の中心的役割を担っていると考えられてきました(図2右側)。ところが、T細胞の活性化が免疫シナプス形成より以前に始まるという報告も最近出されてきています。

 抗原提示細胞とT細胞の接触面で何が起こっているかを明らかにするために、刺激直後からの詳細な観察が可能な、分子イメージングシステムを開発し解析しました。カバーガラスにMHC-抗原ペプチド複合体、接着分子を含む人工脂質二重膜による、疑似抗原提示細胞膜を形成し、シグナル分子を蛍光ラベルしたT細胞を接触させ、タイムゼロからの動きを可視化したのです。蛍光1分子イメージング顕微鏡を用いることにより、高感度で高解像度かつ長時間の連続観察が可能となりました。

 その結果、活性化初期には、図2左に示すように多数のミクロクラスターが形成されました。時間とともに中央部に集まり、その後図2右のように免疫シナプスを形成し、活性化を維持していることが分かりました。ミクロクラスターには数百分子程度の複数種類の受容体やCD28などのシグナル伝達分子が存在し、構成分子は、時間と場所により変化することも明らかになりました。細胞は巧みにシグナル伝達を時空間制御していたのです。

図2

図2.細胞と抗原提示細胞の接触面で生じたミクロクラスターがT細胞活性化に重要な役割を果たしています。1分子顕微鏡の鮮明な画像で、ミクロクラスターの形成と動態を初めて明らかにできました。スケールバーは、5 μm。理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター斉藤隆博士、横須賀忠博士との共同研究。

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3.核膜輸送の1分子イメージング解析

 対物レンズ型全反射照明および薄層斜光照明を使った1分子蛍光イメージング法を用いると、細胞や個体の表面約10μm程度まで,高感度で低背景に蛍光像を観察することができます。この方法を使って,細胞質-核間で輸送される分子を蛍光標識し,細胞質-核間分子輸送に関するイメージングを行っています。

 近年、核膜を介した選択的分子輸送に関して、異なる輸送担体が担う多くの輸送経路の存在が示され、核膜孔通過シグナルを持つタンパク質がどのように認識されて核膜孔にターゲットするのか、明らかにされてきました。しかし,タンパク質が核膜孔を通過する具体的な分子機構の解析は難しく、複数の輸送経路に乗った分子が核膜孔を滞りなく流通する機構や制御の仕組みについては、不明な点が多く残されています。

 1分子イメージング法を用いることにより、分子機構を解明するうえで重要な量を、細胞内で定量的に求めることができるようになりました。この研究結果により、増殖細胞では一つの核あたり1分間に100万個以上の分子が核膜孔を通過すると言われていますが、この一見驚く様な数字を説明することができることができます。

 従来求めることができなかった細胞内での諸量を定量的に求め、分子機構を解明する新しい手法として、1分子イメージング法が有用であることがわかり、分子レベルで定量できる新しい分野として、今後さらに発展させてゆきたいと考えています。

図3

図3.細胞核の核膜孔の3次元画像(ステレオペア)
細胞質と核を隔てる核膜には、分子を選択的に通す核膜孔が存在します。核膜孔の立体配置を薄層斜光照明法で観察し、高さ方向に走査して得た連続画像から3次元画像として再構築しました。図中の輝点が、個々の核膜孔です。核膜孔と相互作用するタンパク質のGFP融合タンパク質を観察しました。1分子像との画像の明るさの比較から、各輝点が何分子の集まりであるかを数値として求めることができます。この図に示した輝点は、約50分子の集まりです。通常の共焦点顕微鏡では、約50分子のGFP分子は感度の限界にあたり、z走査中に蛍光分子が退色するので、このように少ない分子数での3次元像は観察することができていません。バー 5 μm。

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4.免疫細胞活性化のシグナル伝達

 NF-κB (Nuclear factor-kappa B)は、1986年 Baltimoreらにより免疫グロブリンκ鎖遺伝子のエンハンサー部位に結合する転写因子として発見されました。真核細胞全般に発現し、自然免疫、獲得免疫、炎症反応に関与する幅広い種類の遺伝子を制御する重要な転写因子です。

 p65(RelA)、RelB、c-Rel、p50、p52の5つから構成される二量体タンパク質のファミリーであり、炎症反応制御の中心的な役割をしています。特に、p65とp50のヘテロ二量体からなるNF-κBは通常、阻害タンパク質であるIκBα(nuclear factor of kappa light polypeptide gene enhancer in B-cells inhibitor, alpha)の結合により細胞質に留まり不活性化されています。

 NF-κBはTLR4(Toll-like receptor 4)を介するLPS刺激やTNFR(Tumor Necrosis Factor receptor)を介するTNF-α刺激などの適切な刺激により、IκBαがリン酸化、ユビキチン化を経て分解され、遊離したNF-κBが核移行し、標的遺伝子の転写を活性化します。

 しかし、NF-κBによる転写活性化が続くと、過度の炎症反応は細胞自身にも大きなダメージを与えるので、NF-κBの活性化制御は必要不可欠です。核内NF-κBの活性化終息の制御機構として、核内IκBαによるNF-κBの核外排出が主に知られていますが、最近、E3ユビキチンリガーゼの機能を持つPDLIM2というタンパク質が、核内でNF-κBを隔離し分解することでその活性化を終息させることが分かってきました。

 PDLIM2はPDZ (postsynaptic density 65-discs large-zonula occludens 1)ドメインとLIM (abnormal cell lineage 11-islet 1-mechanosensory abnormal 3)ドメインからなっており、LIMタンパク質ファミリーの一つです。

 PDLIM2はLPS刺激によって核内でNF-κB のp65サブユニットをユビキチン化し、核内構造体であるPML (promyelocytic leukemia protein) nuclear bodiesに隔離し、分解すると考えられています。しかし、生化学的な研究が主で、核内構造体とPDLIM2によるNF-κBの活性化終息の制御機構に関する時空間的な動態は、未だ不明です。

 そこで、我々の研究室で開発した蛍光1分子顕微鏡を使って、1分子レベルの解析手法によりPDLIM2の動態を解析し、核内でのNF-κBとの時空間的な相互作用を明らかにすることを目指しています。これまでの生化学的手法では、多数分子の平均値としての解析結果が得られてきましたが、1分子観察では、個々の分子の時間的・空間的な挙動を知ることが可能です。これにより、PDLIM2によるNF-κB活性化終息の時空間制御に新たな知見を得ると期待しています。

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5.細胞核内の1分子イメージング解析 遺伝情報発現

 RNAポリメラーゼII最大サブユニットのC末端には7アミノ酸が繰り返すドメイン(CTD)が存在します。転写開始前複合体では脱リン酸化されていますが、転写伸長中はSer2がリン酸化されることが分かっています。これを指標にして、Ser2リン酸化の特異的抗体(Fabフラグメント)による蛍光標識法により、転写伸長型RNAポリメラーゼIIを可視化することを目指します。さらに転写調節因子との相互作用について、蛍光1分子イメージングと定量解析を行い、転写伸長中のメカニズム解明を目指します。

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6.免疫細胞まるごと計算機シミュレーション

 多色同時1分子顕微鏡を用いれば、分子数・相互作用の時間や強さなど、細胞内分子動態と相互作用に関し、3次元空間・時間・多種分子の5次元定量情報を得ることができます。数値モデルやシミュレーション研究との融合により、新しい生命情報学が発展しようとしています。

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7.1分子技術を使った研究

 生体分子がどのようなメカニズムで働くのか,個々の分子が機能しているところを直接目にしたいと長い間考えられてきました。近年,生体分子1個を活性を保持したまま水溶液中で<観る><操る><計る>技術が誕生し,分子レベルの研究に新しい発展を遂げています1

(1) 1分子酵素反応のイメージング

 水溶液中で,分子1個を蛍光顕微鏡を使って直接観察するために,全反射照明(表面から深さ約150 nmの表面近傍のみを照明)で蛍光を励起する新しい方法を開発して用いています。表面近くのみを照射するので,きわめてコントラストの良い蛍光像が得られるのが特徴です。

 この方法を用いて,酵素反応している様子を分子1個で直接観ることが可能になりました。ATPの加水分解反応を可視化するために,蛍光色素(Cy3)を結合させた蛍光ATPであるCy3-ATPを用います。

 Cy3-ATPは,酵素(ミオシン)と反応していないときはブラウン運動しているので蛍光スポットとして観察されませんが、ミオシンと反応中はブラウン運動が止まり輝点として観察できるようになります。加水分解されてCy3-ADPになると、結合が弱くなりすぐに解離して蛍光は再び見えなくなります。

 このようにして、ATP1分子のターンオーバーを蛍光の点滅としてイメージングすることができました2,3,4。簡単な原理に基づいた方法なので,酵素反応や生体高分子の結合解離反応などへの様々な応用ができます。

図4

図4.蛍光(Cy3)標識したATPにより、酵素反応1分子が可視化されます。酵素反応中は蛍光ATPは止まっているので蛍光像(図)を与えますが、反応していないものはBrown運動の為に見えません。個々の点像がATP1分子です。バーは5μm。

(2) 生体分子の1分子捕捉・操作・力計測

 生体分子1個を,活性を失うことなく走査プローブに捕まえ操作する技術の開発により,分子1個に働く分子間相互作用を直接計測することが可能となりました。

図5

図5.蛍光ラベルした生体高分子1分子を蛍光で観ながら微小プローブ先端に捕まえ、1分子に働く分子間相互作用を走査しながらサブピコニュートン感度で計測します。

 翻訳後修飾によりビオチン化されるタンパク質との融合タンパク質を用いて,目的のタンパク質をビオチン化します。走査プローブ表面(先端の曲率半径は平均17 nm)に予めアビジンを結合させておき,アビジン・ビオチンの強い結合能を糊として使って,ビオチン化タンパク質1分子を捕捉します。

 この方法で捕捉したミオシン頭部1分子が,ATP存在下でアクチンと相互作用して発生する力を計測する事ができました。1個のATP加水分解中に,約5.3 nmのステップが複数回(最大5回)起こって,アクチン・フィラメント上をミオシン頭部1分子が進むのが直接計測されました。生体分子モーターであるアクチン・ミオシン系の分子機構に関して,長年の論争が行われてきましたが,この問題に決着をつける重要な証拠を提供することができました5

 一方,プローブと試料表面間の距離をサブナノメートル分解能で制御しながら,分子間(内)の微弱力を計れる新しいプローブ走査顕微鏡である分子間力顕微鏡を開発しました6,7。これらを組み合わせて,生体分子間(内)相互作用を分子1個を対象として直接的に計測することが可能になりました。

1. 蛋白質・核酸・酵素, 43(10), 1365-1371, 1998.
2. Nature, 374, 555-559,1995
3. Biochem. Biophys. Res. Comm., 235, 47-53,1997
4. Cell, 92, 161-171, 1998
5. Nature, 397, 129-134, 1999
6. Biochem.Biophys.Res.Comm., 231, 566-569 ,1997
7. Ultramicroscopy, 70, 45-55,1997

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8.1分子力学計測による生体分子の確率的挙動

 細胞はDNA・タンパク質・細胞膜・細胞骨格など様々な分子が相互作用することにより構造や機能を実現しています。これらの相互作用の大きさを知ることは細胞の構造・機能を知る上で重要になってきます。しかし、それらの相互作用の大きさはサブピコニュートン~数百ピコニュートンという熱揺らぎと同程度ないし数倍程度の非常に小さなものあり、測定は非常に困難です。

 これらの力学計測を可能にするために、原子間力顕微鏡を改良し、生体分子1個に働く分子間相互作用を直接計測し得るサブピコニュートンの力分解能を持った分子間力顕微鏡を開発しました。分子間力顕微鏡は超高感度なカンチレバー(バネ秤の役割)の先端位置を光の力(輻射圧)でフィードバック制御することにより、従来の原子間力顕微鏡では実現出来なかった熱揺らぎの抑制及びカンチレバー先端の直接制御を実現しました。これにより、タンパク質やDNAといった生体1分子を機械的に引っ張ることにより、構造がほどかれていく(アンフォールディング)様子を精密に測定することが可能となります。

 実際にフォールディング研究のモデルタンパク質であるStaphylococcal nuclease(ブドウ球菌の核酸分解酵素)の機械的アンフォールディングで得られた伸長曲線では、力のピークが複数存在し、それらが確率的に選択されることを明らかにしました。また、分子動力学(Molecular dynamics:MD)計算により、これらの力のピークがタンパク質の中間状態に対応し、エネルギー地形上で複数の中間状態を経由しながらアンフォールディングをしていき、分子ごとに複数の経路を確率的に選択することを明らかにしました(図6)。

 これらの結果は、多数の分子の統計的に平均化された振る舞いしか知ることが出来ないタンパク質溶液・DNA溶液などの従来のバルク測定では測定しえなかった、1分子ならではの振る舞いであり、生体分子の構造形成メカニズムに新たな知見を与えるものだと考えています。

図6

図6.SNaseの機械的アンフォールディングにおける複数の中間状態と確率的な経路

(a) 力のピークが複数存在し、それらが確率的に選択される伸長曲線。(b) 2次元エネルギー地形上を複数の中間状態(丸印)を経由しながら確率的に経路を選択。

BIOPHYSICS. 5, 23-35 (2009).

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